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2006.08.02

昔の話

★この話は、私が小さい頃からの話なので、かなーり、精度に欠いておりますのでご注意ください。

私の兄は、心室中隔欠損で、小学校のころから国立の療養所で生活し、その中の学校に通い、一年のうち家に帰ってくるのは盆、正月、春休みにそれぞれ数日ずつ。
私以下の兄弟と兄は結構、年が離れているので
「いつ、どのようにして」病気が発覚し入院生活を送るようになったのかはわかりません。
物心ついたときには「兄とは、たまにしかやってこない人」だったな。
また、最初の何年かは隣の県に引っ越したこともあって、面会日の前日、母は私を含む3人の幼児を連れて夜行列車で面会に行き夜行列車で帰ってくるを繰り返したそうな。
あんまり「兄弟」の思い出のない関係です。
30年以上前の話です。

何度か手術の話もあったけれど、母いわく
「ドイツから機械を輸入したりしたけど、先生が自信がないって止めるのよね」
で、その頃、輸血を伴う手術をするためには、まず、家族の誰かか血液センターに献血して登録しないと輸血用の血液を分けてもらえなかったり、何人もの輸血要員を家族が用意しなくてはいけなかったり・・・。30年以上前ですから・・・・。
その度に両親は親戚や知り合いに頼んでいました。
しかし、田舎から出稼ぎで出てきた父は、社員ではなく「日雇い」の頃。
口下手で人を説得することも出来ず(その頃の献血は今よりもっと、危険な香りがしていた模様)人集めにとても労していたようです。
もちろん、お金を用意するのも大変で・・・(T_T)
別に、兄が病気だったから金銭的な苦労があったわけではなく、元々、お金に苦労していた家に生まれただけなんだよね。
兄は高校も療養所内の高校を卒業し、結局、社会人になって健康保険の本人負担1割(現在本人負担は3割、乳幼児だと無料)で会社で給料前借したりして、手術代を用意。

でもって、いざ、開胸してみたら
「予想してたより、穴、小さかったんだって」


なので、「献血」とか「血液が足りない」というとそういうことを思い出します。
今でも、献血は年2回欠かさないんですけれど、血圧に問題ありなのでお断りされることも多くなってしまった。

兄は今や、3人の女の子の父。
宅配便の会社のトラックの運転手してます。


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